人身事故

人身事故の場合

高次脳機能障害について

 交通事故により脳の損傷を受けると,五感の作用,記憶,思考,注意・集中・意欲,流暢な会話,空間や状況の認識,感情のコントロール等といった人間が本来が持っている脳の高次機能が損傷されます。

 後遺障害の等級としては,1級,2級,3級,5級,7級,9級,12級及び14級の8種類があり,自賠責基準と労災基準の2つの基準が存在しますが,労災基準の方がより,一般成人の労働者にとっては具体的であり(逆に,年少者や高齢者には当てはめにくい基準です。),以下の4つの能力がそれぞれどの程度喪失したかにより,具体的な等級が認定されます。労災における具体的な認定基準の参照

  1. 意思疎通能力(記憶力,認知力,言語力等。家庭や職場において他人とのコミュニケーションを適切に行えるか)
  2. 問題解決能力(理解力,判断力等。他人の指示を正確に理解して,円滑に業務を遂行できるか)
  3. 作業負荷に対する持続力(意欲,持久力等。就労時間に対処できるだけの能力を備えているか)
  4. 社会行動能力(不適切な行動の頻度,協調性等。職場,家庭,近隣で他人と円滑な共同作業や社会的行動ができるか)

 適切な後遺障害等級の認定を獲得するためには,以下の各点について証拠を収集し,検討する必要があります。

  1. 脳の器質的な損傷がCTやMRIで急性期や亜急性期(事故当日から数日間)に画像として記録されているか(大脳白質部の神経軸索が広範囲に断線して,神経刺激の伝達が障害されるびまん性軸索損傷の場合には,画像上,明確な異常所見を見出せないこともあり,よって,高次脳機能障害は,見落としされやすい後遺障害とされていますので,注意する必要があります。)
  2. 初診時(病院に救急搬送されたとき)にどの程度の意識障害がどの程度継続したか(意識障害の程度を計る基準としてJCSやGCSがあります。)
  3. 各種神経心理学的検査(知能検査,記憶検査,言語機能検査,遂行機能検査等)が脳の損傷を裏付けているか
  4. 大脳の果たす各機能は,大脳皮質の部位ごとにある程度まとまって配置されているため,損傷部位と障害の内容に矛盾がないか

軽度外傷性脳損傷(MTBI)について

 自賠責保険では,高次脳機能障害の要件として,初診時に頭部外傷の診断があり,頭部外傷後の意識障害(半昏睡から昏睡。JCSで3桁,GCSでは8点以下)が少なくとも6時間以上,もしくは,健忘症あるいは軽度意識障害(JCSが2~1桁,GCSが13か~14点)が少なくとも1週間以上続くという事案を高次脳機能障害の典型的事例として紹介していました。

 しかし,意識障害の時間がこれよりも短い事例であっても,CTやMRI等の画像診断の結果(受傷後,2~3日ころに,MRIの中でもDW1,SW1の画像を撮影することが有効),出血痕等が認められれば,器質的な脳損傷が証明され,例えば自賠責保険では非該当ないし14級の認定となっても,裁判の結果,より高い後遺障害等級の認定を獲得できる可能性があります。

非器質性精神障害について

 非器質性精神障害とは,脳の器質的損傷を伴わない精神障害をいい,①抑うつ状態,②不安状態,③意欲低下の状態,④慢性化した幻覚妄想状態,⑤記憶・知的能力の障害,⑥不定愁訴・衝動性等その他の障害の1つ以上の精神症状を残していることが要件となります。

 後遺障害等級としては,9級,12級,14級の3種類があり,労災基準では,①適切な食事摂取・身辺等の清潔保持,②仕事,生活,家庭に関心・興味を持つこと,③仕事,生活,家庭で時間を守ることができる,④仕事,家庭において作業を持続することができる,⑤仕事,生活,家庭における他人との意思伝達,⑥仕事,生活,家庭における対人関係・協調性,⑦屋外での身辺の安全保持・危機対応,⑧仕事,生活,家庭における困難・失敗への対応という8つの能力について,4項目以上について,ひんぱんに助言・援助が必要な場合は9級,4項目以上について,時々助言・援助が必要な場合は12級,1項目以上について,時々助言・援助が必要な場合は14級と認定されます。

 なお,非器質性精神障害については,将来,症状が軽減して治る可能性もあることから,労働能力喪失期間が限定されたり,また,精神症状の発症の原因は,交通事故だけではなく,個人の心因的な素因も影響していると推認されることが多いため,過失相殺の規定を類推適用し,賠償額が一定割合減額されることもあります。

むち打ち損傷について

 正確な医学用語としては,外傷性頚部症候群とも言いますが,頚部の過伸展・過屈曲運動により頚部の軟部組織(神経や椎間板や靱帯や筋肉等)が損傷し,頚部に由来する症状が残存する疾病を言います。後遺障害等級としては,局部に神経症状を残すものとして,12級,14級が認定されるか,そもそも後遺障害等級が認められない(非該当)となるかどうかが問題となります。

  1. 12級の「局部に頑固な神経症状を残すもの」=外傷性頚部症候群に起因する頭頸部や上肢,背部に残存する症状が,神経学的検査所見や画像所見などの他覚的所見により医学的に証明できる症状
  2. 14級の「局部に神経症状を残すもの」=外傷性頚部症候群に起因する症状が,神経学的検査所見や画像所見などから証明することはできないが,受傷時の状態や治療の経過などから連続性・一貫性が認められ,医学的に説明可能な症状

 適切な後遺障害等級の認定を獲得するためには,以下の各点について証拠を収集し,検討する必要があります。

  1. MRIで椎間板の突出(ヘルニア)が認められるか(椎間板は,加齢に伴って突出してくるものであり,事故の衝撃による外力が作用したことによる突出と区別する必要があります。その際には,椎間板が突出してもおかしくないほどの事故の衝撃を受けているか否か,ヘルニアを示す部位が1,2カ所であり,他の部位にはヘルニア等の変性が認められるか否か,受傷後,比較的早期にヘルニアの部位に合致した神経学的な症状を示していたか否かが判断ポイントとなります。)
  2. 頚部や腰部の関節可動域に制限が認められるか
  3. ジャクソンテストやスパーリングテストで放散痛が認められるか(神経痕障害が認められるか)
  4. 深部腱反射(膝や肘や手首や足首をハンマーで叩いて異常な反射が認められるか)
  5. 徒手筋力検査(MMT)で筋力の低下が認められるか(神経が障害されると,その神経が支配している筋の筋力が低下します)
  6. 知覚障害(筆でさする等して触感を感じるか否か等)の有無,範囲,程度

低髄液圧症候群について

 低髄液圧症候群とは,脊髄腔から髄液が漏出することによって脳脊髄腔内の圧力が低下し,その結果,起立したときに頭痛が生じることを典型的な症状とする病態です。交通事故によって,例えば頚部に強い外力が作用し,その結果,脊髄腔の膜が破れて,そこから髄液が漏れ,丁度,頭蓋骨という堅い容器の中で髄液に浮かんでいる豆腐のような脳の実質が,起立したときに下に垂れ下がって圧迫され,頭痛やめまいや腰背部痛やシビレ等の神経症状が出るとされています。

 交通事故の鞭打ち損傷となった場合に,頭痛等の症状が長期間にわたり継続する場合に,その原因として低髄液圧症候群が疑われ,その診断がなされれば,治療が長期間に及んだことに対する損害賠償も可能となります。

 では,どのような場合に,低髄液圧症候群と診断されるのでしょうか。この点,争いはありますが,

  1. 起立性頭痛があること
  2. 頭蓋内硬膜の増強効果(髄液が減少した分を補うため,頭蓋内硬膜の脳静脈洞の静脈が拡張し,硬膜が分厚くなるのが,ガドリニウムによる造影MRIで認められること)
  3. 脳が下方に垂れ下がっている状態がMRIで認められること(特に,小脳扁桃が脊髄の方に食い込むように下垂している状態)
  4. 放射性同位元素であるRI(ラジオアイソトープ)を髄液内に注入した後,そのRIが脊髄から正に漏れ出している状況や3時間以内に膀胱内に集積している状況(本来,髄液は,逆上して頭頂部の上矢状静脈洞から吸収されますが,脊髄腔に穴が空いているとそこから髄液が漏れ,それが周囲の血管に吸収されて早期に膀胱内に集積する状況)がシンチカメラで確認できること

 この低髄液圧症候群に対する治療法としては,自らの血を髄液が漏出しているであろう脊髄の硬膜の外に注入して周囲の組織と癒着させ,髄液が漏れている穴を塞ぐという方法(ブラッドパッチ)があり,これにより症状が改善されれば,逆に,低髄液圧症候群であったとも推認されます。

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